ら椅子に戻つてくる。肩も足も疼くやうに熱つぽい。空腹で目もとは昏みさうになる。急に教室はざわざわしてくる。今ふらふらのこの半病人が生徒の眼にはどう映るのか。突然、僕は授業をやめてしまひたい衝動に駆られる。が、僕の眼は何かを探すやうにプリントに注いでゐる。なるべく疲労しないやうに、疲労しないやうに、と、その祈り……その祈りがふと僕に戻つてくる。僕はまた授業のつぎほを見つけてゆく。そのうちにベルが鳴る。僕は教員室に戻つてくる。
 僕があの海の見える中学ではじめて教師になつたとき、その頃、お前は、寝たり起きたりの病人であつた。はじめて教壇に立つた僕はあべこべにまるで自分が中学生にされたやうに、剥きだしに晒された自分を怖れた。ときどき、僕は家に残つてゐる自分の影をおもつた。そんな弱々しい僕を病人のお前は労はつてくれようとした。その僕の影は……。僕は今、頻りにお茶を飲んで空腹を紛らしてゐる。すると小使が部屋の隅でベルを鳴らす。僕は疲労を鞭打つて立上る。暗い階段を匐ふやうに昇つて行く。灯のついた教室に入る。僕は黒板の方へ向く。消してない字で一杯の黒板を僕はおそるおそる困つたやうに眺める。それから思
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