な気持で歩いてゐた。
僕は今、よろよろと坂路を登つてゆく。僕の細長い影は力なく仄暗い風のなかにある。僕は殆ど乞食のやうな己れの恰好を疑はない。ここの石坂で僕はそつと煙草の捨殻を拾ひとることもあるのだ。そんなときの僕の姿は……。僕は後から後から次々に生徒に追越されてゐる。足許は既に暗い。ふと僕はそはそはしてくる。向うのコンクリートの三階建の校舎は生徒の群でざわざわしてゐる。僕の歩きかたも少しせかせかしてくる。僕は一階の廊下を廻つて、教員室の扉を押す。電燈の点いてゐるゴタゴタした部屋の片隅に僕は蝙蝠傘を置く。それから中央にある大きなテーブルに凭掛る。これが僕たち教員のテーブルなのだ。僕は出勤簿に印を押す。お茶を啜る。空腹がふと急に立ちもどつてくる。僕のまはりに教師たちが何か話しあつてゐる。電燈の色で見る先生の顔は何と侘しい暈なのだらう。僕はもう一杯お茶を啜る。今、廊下の外で頻りにドタドタ靴の音がしてゐる。誰か生徒が僕の側を通りすぎて、戸棚のところに行く。電球を持つて行くのだ。ああして生徒は毎日、電球を教室に持つて行つて着けたり、外づして持つて戻つたりするのだ。だが、そんなことが餓じい僕に
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