場が退《ひ》けて生徒達がぞろぞろ表の方へ引上げ、路上に整列すると、T先生はいつも少し離れた処から監督していた。先生の掌《て》には花の包みがあり、身嗜《みだしなみ》のいい、小柄な姿は凛《りん》としたものがあった。もし彼女が途中で遭難しているとすれば、あの沢山の重傷者の顔と同じように、想っても、ぞっとするような姿に変り果てたことだろう。
 私は学徒や工員の定期券のことで、よく東亜交通公社へ行ったが、この春から建物疎開のため交通公社は既に二度も移転していた。最後の移転した場所もあの惨禍の中心にあった。そこには私の顔を見憶《みおぼ》えてしまった色の浅黒い、舌足らずでものを云う、しかし、賢そうな少女がいた。彼女も恐らく助かってはいないであろう。戦傷保険のことで、よく事務室に姿を現していた、七十すぎの老人があった。この老人は廿日市町にいる兄が、その後元気そうな姿を見かけたということであった。

 どうかすると、私の耳は何でもない人声に脅かされることがあった。牛小屋の方で、誰かが頓狂《とんきょう》な喚きを発している、と、すぐその喚き声があの夜河原で号泣している断末魔の声を聯想《れんそう》させた。腸《
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