はらわた》を絞るような声と、頓狂な冗談の声は、まるで紙一重のところにあるようであった。私は左側の眼の隅に異状な現象の生ずるのを意識するようになった。ここへ移ってから、四五日目のことだが、日盛《ひざかり》の路を歩いていると左の眼の隅に羽虫か何か、ふわりと光るものを感じた。光線の反射かと思ったが、日陰を歩いて行っても、時々光るものは目に映じた。それから夕暮になっても、夜になっても、どうかする度《たび》に光るものがチラついた。これはあまりおびただしい焔《ほのお》を見た所為《せい》であろうか、それとも頭上に一撃を受けたためであろうか。あの朝、私は便所にいたので、皆が見たという光線は見なかったし、いきなり暗黒が滑《すべ》り墜《お》ち、頭を何かで撲《なぐ》りつけられたのだ。左側の眼蓋《まぶた》の上に出血があったが、殆《ほとん》ど無疵《むきず》といっていい位、怪我《けが》は軽かった。あの時の驚愕《きょうがく》がやはり神経に響いているのであろうか、しかし、驚愕とも云えない位、あれはほんの数秒間の出来事であったのだ。
私はひどい下痢に悩まされだした。夕刻から荒れ模様になっていた空が、夜になると、ひど
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