望される。山の傾斜に松の木がゴロゴロと薙倒《なぎたお》されているのも、あの時の震駭《しんがい》を物語っているようだ。屋根や垣がさっと転覆した勢をその儘《まま》とどめ、黒々とつづいているし、コンクリートの空洞《くうどう》や赤錆《あかさび》の鉄筋がところどころ入乱れている。横川駅はわずかに乗り降りのホームを残しているだけであった。そして、汽車は更に激しい壊滅区域に這入《はい》って行った。はじめてここを通過する旅客はただただ驚きの目を瞠《みは》るのであったが、私にとってはあの日の余燼《よじん》がまだすぐそこに感じられるのであった。汽車は鉄橋にかかり、常盤橋《ときわばし》が見えて来た。焼爛《やけただ》れた岸をめぐって、黒焦の巨木は天を引掻《ひっか》こうとしているし、涯《は》てしもない燃えがらの塊《かたまり》は蜿蜒《えんえん》と起伏している。私はあの日、ここの河原《かわら》で、言語に絶する人間の苦悩を見せつけられたのだが、だが、今、川の水は静かに澄んで流れているのだ。そして、欄干の吹飛ばされた橋の上を、生きのびた人々が今ぞろぞろと歩いている。饒津《にぎつ》公園を過ぎて、東練兵場の焼野が見え、小高
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