のように明るい光線だった。虚妄《きょもう》の世界は彼が歩いて行くあちこちにあった。黒い迷彩を施されてネオンの取除かれた劇場街の狭い路《みち》を人々はぞろぞろ歩いている。
「大変なことになるだろうね、今に……」
彼と一緒に歩いている友は低い声で呟《つぶや》いた。と、それは無限の嘆きと恐怖のこもった声となって彼の耳に残った。
混みあう階段や混濁したホームをくぐり抜けて、彼を乗せた電車が青々とした野づらに、出ると、窓から吹込んでくる風も吻《ほっ》と爽《さわ》やかになる。だが、混濁した虚妄の世界は、やはり彼の脳裏にまつわりついていた。入社して彼に与えられた仕事は差当って書物を読み漁《あさ》ることだけだった。が、遽《にわ》か仕込《じこ》みに集積される朧気《おぼろげ》な知識は焦点のない空白をさまよっていた。紙の上で学んだ機械の構造が、工場の組織が、技術の流れが……彼にはただ悪夢か何かのようにおもわれる。空白のなかを押進んでゆく機械力の流れ――それはやがて刻々に破滅にむかって突入している――その流れが、動揺する電車の床にも、彼の靴さきにも、ひびいてくるようだ。だが、電車を降りて彼の家の方へその露
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