服装も表情も重苦しいものに満たされていた。その文化映画社に入社してまだ間もない彼には、そこの運転は漠然《ばくぜん》としかわからなかったが、ここでも何かもう追い詰められてゆくものの影があった。試写が終ると、演出課のルームで、だらだらと合評会がつづけられる。どの椅子からも、さまざまの言いまわしで何ごとかが論じられている。だが、それらは彼にとって、殆《ほとん》ど何のかかわりもないことのようだった。殆ど何のかかわりもない男が黙りこくって椅子に掛けている。その男の脳裏には、家に残した病妻と、それから、眼には見えないが、刻々に迫ってくる巨大な機械力の流れが描かれていた。すると、ある日その演出課のルームでは何か浮々と話が弾《はず》んでいた。フランスではじまったマキ匪団《ひだん》の抵抗が一しきり華《はな》やかな話題となっていたのだ。――彼はその映画会社の瀟洒《しょうしゃ》な建物を出て、さびれた鋤道《すきみち》を歩いていると、日まわりの花が咲誇っていて、半裸体で遊んでいる子供の姿が目にとまる。まだ、日まわりの花はあって、子供もいる、と彼は目にとめて眺《なが》めた。都会の上に展《ひろ》がる夏空は嘘《うそ》
前へ 次へ
全23ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング