になつてゐたのだ。

 私はその日の午後になるとやはり山宮泉の告別式に出かけて行く気になつてゐた。からりと晴れた寒い美しい日だつた。S学園前で電車を降りると、その辺は空気も澄んでゐて桜並木の路も私の眼に泌みるやうだつた。学園の運動場を横切つて、女学校の講堂へ来てみると、告別式は既に始まつてゐた。参列者の殆ど大部分が女学生で、祭壇の左右に遺族らしいものの姿やSの細君やSの友人のHやAの姿が見えた。祭壇にはたしかに山宮泉の写真が飾つてあるらしかつた。私はそれをやがて見ることができると思つた。その写真を眺めるために私はやつて来たのに違ひない。私はそつと後の列の脇にひとり離れて佇んでゐた。
 先生らしい男がふと列を離れると、靴音をたてまいとして、慎重な身振りで歩かうとしてゐた。その靴さきに集中されてゐる慎重さが私の注意を惹くと、私は何となく「イ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]ン・イリツチの死」のこまかい描写を連想した。それから、人間の死の雰囲気のなかにゐる人間たちの姿を考へた。私は五年前死別れた妻の葬儀を夢のやうに思ひ出してゐるのだつた。その時、列の後の方で合唱隊の唱歌が始まつた。…
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