知らぬ人をR・Sに誘つたりするやうなことはしなかつた。約束の時間は来てゐたが相手の姿は見えなかつた。やはり来ないのかとベンチを立上らうとした時、あたふたと相手はやつて来て帽子をとつた。
「実は今日は大変なことがあつて失礼します。為替を道で落してしまつたので、これから友達のところへ行かねばなりません」
 私は次の会合の日どりと私の下宿を教へて相手と別れた。だが、次の会合の時も相手の姿は現れなかつた。それから一週間もして私の下宿に葉書が舞込んだ。約束はしたが急に帰郷しなければならない用件が出来たので失礼したといふ断り状だつた。その葉書の片隅に山宮泉とあつた。私はそれで始めて相手の姓名を知つたのだつた。
 私が彼と三度目に逢つたのは、その翌年の春だつた。どちらも殆ど学校に出てゐないらしく出逢ふ機会もなかつたが、ある日の合併授業の教室で相手は私を見つけると、ふと懐しげに近よつて来た。
「何度も失礼しました。一寸いろいろ都合つかない事情があつたので、漸くそれも片づきましたから……」
 この次からR・Sの会へ出てもいいと云ふ顔つきだつた。しかし、私たちのR・Sはその頃既にバラバラになり自然消滅の形
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