うなものがあるのが私の眼に残つた。授業がすんで学生の群が坂をぞろぞろ降りて行くなかに、私は何気なくやはりその男を追ふやうにして歩いてゐた。電車通の舗道に出て、もう少し行くと道が曲つてしまふが、その男は私のすぐ前横にゐる。私はもつと彼の側に近寄つて行つた。
「ちよつとお話したいことがあるのですが」
私はたうとう相手に声をかけてゐた。相手はひどく喫驚したやうに立どまつた。私も自分が思ひ切つて声をかけたことに驚いてゐたが、
「さつき教室で見かけましたので」と云ひかかると、
「あなたはほんとにK大の学生ですか」と相手は警戒的に私をじろじろ眺めた。私はレインコートとハンチングの服装だつた。
「一寸ここでお茶でも飲みませんか」
私は目の前の喫茶店を指した。固い表情のまま相手はそれでも私について喫茶店に入つた。間もなく私は短刀直入にR・Sのことを話しだしてゐた。すると相手はすぐ私の言ふことを諒解したやうで、態度もすつかり平静になつてゐた。
「では廿五日の午後二時に飯田橋駅の入口のベンチで待つてゐますから」と私は約束して別れた。
約束の日に私は飯田橋駅のベンチで待つてゐた。私は未だかつて自分で見
前へ
次へ
全17ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング