二つの死
原民喜
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蝨《しらみ》が
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)イ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]ン・イリツチの死
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一
その頃私はその朽ちて墜ちさうな二階の窓から、向側に見える窓を眺めることがあつた。檜葉垣を隔てて、向に見える二階建洋館のアパートでは、私が見おろす窓のところに、白い顔をした男が鏡にむかつてネクタイを結んでゐる。そのありふれた映画のなかの一情景か何かのやうな姿が、とにかく、あそこには、あのやうな生活があるのだなといふことが分るのだつた。ところが、私の立つてゐる側の六畳の部屋は、そこではボロボロに汚れた畳が、その畳の感触までが今では私をその部屋から追出さうとしてゐるのだつた。
その秋、私は土地会社の周旋で中野駅附近の汚ないアパートの一室を貸りたのだが、私から権利金を受取つた先住者は押入に荷物を残したまま身柄だけ一時立退いたかと思ふと、時折その部屋に現れてはそこを足場に担ぎ屋の商ひをつづけてゐた。
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