議な魅力だつた。私は彼の詩集が上梓されたら是非読んでみたいと思つてゐたので、そのことを話した。
「実は京都の書店から出るはずになつてゐたのですが……」と、彼の顔にいくぶん昂然とした暗さが横ぎつた。それから間もなく彼は坐を立つた。ほんの一寸私の部屋に挨拶がてら一休みしに来たやうな恰好だつたが、私も引きとめはしなかつた。
彼の作品は私たちの雑誌に掲載されだしたが、同人の間では評判が悪かつた。ことに学校を出たばかりの若い人たちは軽蔑と反撥を示した。
(信子はその暗い険の強い美しい横顔を厚志に向けながら「厚志さん、あれは一匹の蝶ではないのよ、二匹の蝶なのだわ……」とかう低く呟いた。厚志の心には、一瞬、羞恥にも似た秘やかな思ひが浮んだ。そして厚志は、その砂丘の上の明るい五月の空の下で、信子の甘い息づかひを、暗い眼ざしを、髪の毛の匂を次第に身近く燃える如く感じたのであつた。)[#底本は「あった)。」]
このやうな作風は兵隊靴の音やサイレンの唸りに、つい昨日まで攪乱されてひき裂かれてゐる心にとつては無縁の世界だつたのかもしれない。
ある日、雑誌の同人会が新宿のある書店の二階の一室で行はれてゐた
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