ゐる小さな鳥の玩具が一秒毎に向を変へて動いてゐる。わたしはその鳥をぼんやり眺めてゐると、ふと、望みにやぶれた青年のことがおもひうかんだ。人の世の望みに破れて、かうして、くるくると動く小鳥の玩具をひとりぼんやり眺めてゐる青年のことが……。だが、わたしはどうしてそんなことを考へてゐるのか。わたしも望みに破れた人間らしい。わたしには息子はない、妻もない。わたしは白髪の老教師なのだが。もしわたしに息子があるとすれば、それは沙漠に生き残つてゐる一匹の蜥蜴らしい。わたしはその息子のために、あの置時計を購つてやりたかつた。息子がそいつをパタンと地上に叩きつける姿が見たかつたのだ。
……………………
声はつぎつぎに僕に話しかける。雑沓のなかから、群衆のなかから、頭のなかから、僕のなかから。どの声もどの声も僕のまはりを歩きまはる。どの声もどの声も救ひはないのか、救ひはないのかと繰返してゐる。その声は低くゆるく群盲のやうに僕を押してくる。押してくる。押してくる。さうだ、僕は何年間押されとほしてゐるのか。僕は僕をもつとはつきりたしかめたい。しかし、僕はもう僕を何度も何度もたしかめたはずだ。今の今、僕のな
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