たのかしら、わたしをさまよはせてゐるのは痙攣なのだらうか。まだわたしは原始時代の無数の痕跡のなかで迷ひ歩いてゐるやうだつた。
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〈更にもう一つの声が〉
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……わたしはあのとき死んでしまつたが、ふとどうしたはずみか、また地上によびもどされてゐるやうだ。あれから長い長い年月が流れたかとおもふと、青い青い風の外套、白い白い雨の靴……。帽子? 帽子はわたしには似合はなかつた。生き残つた人間はまたぞろぞろと歩いてゐた。長い長い年月が流れたかとおもつたのに。街の鈴懸は夏らしく輝き、人の装ひはいぢらしくなつてゐた。ある日、突然、わたしの歩いてゐる街角でパチンと音と光が炸裂した。雷鳴なのだ。忽ち雨と風がアスフアルトの上をザザザと走りまはつた。走り狂ふ白い烈しい雨脚を美しいなとおもつてわたしはみとれた。みとれてゐるうちに泣きたくなるほど烈しいものを感じだした。あのなかにこそ、あのなかにこそ、とわたしはあのなかに飛込んでしまひたかつた。だが、わたしは雨やどりのため、時計店のなかに這入つて行つた。ガラスの筒のなかに奇妙な置時計があつた。時計の上にくつついて
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