言葉をふりかへる。
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死について  死は僕を生長させた
愛について  愛は僕を持続させた
孤独について  孤独は僕を僕にした
狂気について  狂気は僕を苦しめた
情欲について  情欲は僕を眩惑させた
バランスについて  僕の聖女はバランスだ
夢について  夢は僕の一切だ
神について  神は僕を沈黙させる
役人について  役人は僕を憂鬱にした
花について  花は僕の姉妹たち
涙について  涙は僕を呼びもどす
笑について  僕はみごとな笑がもちたい
戦争について  ああ戦争は人間を破滅させる
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 殆ど絶え間なしに妖しげな言葉や念想が流れてゆく。僕は流されて、押し流されてへとへとになつてゐるらしい。僕は何年間もう眠れないのかしら。僕の眼は突張つて、僕の空間は揺れてゐる。息をするのもひだるいやうな、このふらふらの空間……。ふと、揺れてゐる空間に白堊の大きな殿堂が見えて来る。僕はふらふらと近づいてゆく。まるで天空のなかをくぐつてゐるやうに……。大きな白堊の殿堂が僕に近づく。僕は殿堂の門に近づく。天空のなかから浮き出てくるやうに、殿堂の門が僕に近づく。
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