れぎれに弱々しく訴へてゐる青年の声が僕に戻つてくる、戻つてくる、戻つてくる、さまざまの嘆きの声のなかから、
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ああ つらい つらい
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と、お前の最後の声が僕のなかできこえてくる。さうだ、僕は今漸くわかりかけて来た。僕がいつ頃から眠れなくなつたのか、何年間僕が眠らないでゐるのか。……あの頃から僕は人間の声の何ごともない音色のなかにも、ふと断末魔の音色がきこえた。面白さうに笑ひあつてゐる人間の声の下から、ジーンと胸を潰すものがひびいて来た。何ごともない普通の人間の顔の単純な姿のなかにも、すぐ死の痙攣や生の割れ目が見えだして来た。いたるところに、あらゆる瞬間にそれらはあつた。人間一人一人の核心のなかに灼きつけられてゐた。人間の一人一人からいつでも無数の危機や魂の惨劇が飛出しさうになつた。それらはあつた。それらはあつた。それらはあつた。それらはあつた。それらはきびしく僕に立ちむかつて来た。僕はそのために圧潰されさうになつてゐるのだ。僕は僕に訊ねる。救ひはないのか、救ひはないのか。だが、僕にはわからないのだ。僕は僕の眼を捩ぎとりたい。僕は僕の耳を截り
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