来た。再び飢餓がつづいた。生存は拒まれつづけた。苦役ははてしなかつた。何のために何のための苦役なのか。わからない、僕にはわからない、僕にはわからないのだ。だが、僕のなかで一つの声がかう叫びまはる。
 僕は堪へよ、堪へてゆくことばかりに堪へよ。僕を引裂くすべてのものに、身の毛のよ立つものに、死の叫びに堪へよ。それからもつともつと堪へてゆけよ、フラフラの病ひに、飢ゑのうめきに、魔のごとく忍びよる霧に、涙をそそのかすすべての優しげな予感に、すべての還つて来ない幻たちに……。僕は堪へよ、堪へてゆくことばかりに堪へよ。最後まで堪へよ、身と自らを引裂く錯乱に、骨身を突刺す寂寥に、まさに死のごとき消滅感にも……。それからもつともつと堪へてゆけよ、一つの瞬間のなかに閃く永遠のイメージにも、雲のかなたの美しき嘆きにも……。
 お前の死は僕を震駭させた。病苦はあのとき家の棟をゆすぶつた。お前の堪へてゐたものの巨きさが僕の胸を押潰した。
 おんみたちの死は僕を戦慄させた。死狂ふ声と声とはふるさとの夜の河原に木霊しあつた。
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真夏ノ夜ノ
河原ノミヅガ
血ニ染メラレテ ミチアフレ
声ノカギ
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