のやうに鋭い目、その人は昂然と歩いてゐた。少年の僕は幻の人間を仰ぎ見ては訴へてゐた。僕は弱い、僕は弱い、僕は僕はこんなに弱いと。さうだ、僕はもつとはつきり思ひ出さなければならない。僕は弱い、僕は弱い、僕は弱いといふ声がするやうだ。今も僕のなかで、僕のなかで、その声が……。自分のために生きるな。死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ。僕のなかでまたもう一つの声がきこえてくる。
僕はソフアを立上る。僕は歩きだす。案内人は何処へ行つたのか姿が見えない。僕はひとりで、陳列戸棚の前を茫然と歩いてゐる。僕はもうこの記念館のなかの陳列戸棚を好奇心で覗き見る気は起らない。僕の想像を絶したものが既に発明され此処に陳列してあるとしても、はたしてこれは僕の想像を絶したものであらうか。そのものが既に発明されて此処に陳列してあること。陳列されてあること、陳列してあるといふこと、そのことだけが僕の想像を絶したことなのだ。僕は憂鬱になる。僕は悲惨になる。自分で自分を処理できない狂気のやうに、それらは僕を苦しめる。僕はひとり暗然と歩き廻つて、自分の独白にきき入る。泉。泉。泉こそは……
さうだ、泉こそはかすかに、か
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