込んで、そこで毎日、野菜ばかりを摂取してゐた。薬剤師の心得のある人だが、医者にもかからず自分の勘一つで独特の療法をつづけた。さうして、この人も無事に頭髪が生え揃ひ、ピンピンしてゐるのであつた。
私は家の近所の水槽の中に身を浸し、そこで猛火を避けながら、遂に生きのびてゐたといふ女の話もきいた。その水槽の前にはコンクリートの建物とちよつとした空地があつたが、それにしても一昼夜燃えつづける火のなかで助かつてゐたとは恐しいことだ。フイリツピンでジヤングルに脱走し生きのびて還つて来たといふ人とも逢つた。どんな天変地異のときでも、生き運のある人は助かるのであらうか。
私が八幡村から立去らうと考へてゐる頃のことであつた。たまたま私は天文学の解説書を読み耽けつてゐたが、何億光年、何億万光年といふ観念は私の魂を呆然とさせた。私は廿日市の長兄のところから八幡村へ戻る夜路で、よく空の星をふり仰いだ。冬の澄んだ空には一めんに美しい星がちらばつてゐた。広島が一瞬にして廃墟と化したことも壮大なことではあつたが、その一瞬は宇宙にとつて何ほどのことであつたのだらう。だが、戦災で飢ゑ、零落してゆくこの私の身は、それ
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