星のわななき
原民喜

 私は「夏の花」「廃墟から」などの短編で広島の遭難を描いたが、あれを読んでくれた人はきまつたやうに、
「あの甥はどうなりましたか」と訊ねる。
「健在ですよ」と答へるものの、相手には何か腑に陥ちない様子がうかがはれるのであつた。してみると、どうもあのところは書き足りないのではなかつたかと思へる。それで、甥のところだけを切離してちよつと書添へておく。

 私たちは八月六日に広島で遭難し、八日に八幡村に移つたが、中学一年生の甥だけはまだ行衛不明であつた。末子の死体をまざまざと途上で見て来た両親は、長男の方のことも、口に出しては云はなかつたが、殆ど諦めてゐたらしい。ある昼、突然、縁側で嫂の泣き喚く声がした。
「わあ、生きてゐたの、生きてゐたの」
 と嫂は廿日市から自転車でその甥の無事だつたことを報らせに来てくれた長兄にとり縋るやうにして泣き狂つた。甥はしかしその日、廿日市の長兄のところまで辿りついたが、疲労のためまだこちらへは帰つて来なかつた。甥がこちらへ戻つて来たのはその翌日であつた。
 戻つて来た甥は思つたより元気さうだつた。あの朝、建もの疎開のため動員されて恰度、
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