。学校へ云つてやるといい」
「禿が一たい何ですか。男でも女でもこんど禿になつたのはあたりまへのことで、恥でも何でもない。禿と云はれた位で、それ位のことで死にたいとは……その意気地なしが情ない」
 甥はもう何も云はなかつたが、私は病後の甥がこんなに興奮していいのかと心配だつた。
 学童疎開に行つてゐた二人の弟たちが還つて来ると、狭い家のうちはごつた返し、暮しは一層苦しくなつてゐた。甥はもうかなり元気になつてゐたが、どうかすると階下では物凄い衝突がもちあがつた。平素はおとなしい性質なのに、喧嘩となればこの甥はねちねちしてゐた。甥は炬燵にもぐつて、英語のリーダーなど勉強しだした。大病のあとだし、一年位は学校を休ませた方がいいだらうとみんなは云つてゐたが、年末頃になると、禿げてゐた頭に少しづつ髪の毛が顕れだした。
 年が明けると、私はいつまでもそこの家に厄介になつてゐるのも心苦しく、頻りに上京のことを考へてゐた。甥は既にその頃から広島まで学校に通ひだした。八幡村から広島の郊外まで往復すれば、元気な男でさへ、かなり疲労する。電車までの路が一里あまり、電車に乗つてからも、それは決して楽なことではな
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