まだおいでになりませんか。
 寒くてやりきれない年末がやつて来ます。
[#地から3字上げ]十二月十二日 原民喜


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  原子爆弾  即興ニスギズ

夏の野に幻の破片きらめけり
短夜を※[#「血+卜」、256−3]れし山河叫び合ふ
炎の樹雷雨の空に舞ひ上る
日の暑さ死臭に満てる百日紅
重傷者来て飲む清水生温く
梯子にゐる屍もあり雲の峰
水をのみ死にゆく少女蝉の声
人の肩に爪立てて死す夏の月
魂呆けて川にかがめり月見草
廃虚すぎて蜻蛉の群を眺めやる
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●昭和二十年十二月二十八日 八幡村より 松戸市 永井善次郎宛
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 拝復 十七日日附の端書拝見。なるほど検閲といふこともあつたのですね。別便で別の原稿送つておきますから読んでみて下さい。この「雑音帳」は原稿が間にあはなかつた時の用意にと思つて清書しておいたものです。
 阿佐ヶ谷の方はあまり焼かれてゐないのですか。自炊生活も容易ではないでせう。僕もこちらでは皆からだんだん厄介者扱にされ、再婚せよとすすめられて居りますが、そんな
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