も思ひそれだと上々、僕も本郷を訪ねたいと思つて居るのですがまあこの手紙は松戸の方へ差出しておきます。八月六日の事は今になつて考へてみると、更に奇怪な感にうたれ勝ちです。あの朝八時頃警戒警報が解除になつて間もなく、広島上空に一機がパラシユートを投下したのを見たといふ人があります。そのパラシユートから光線が放射されたのを見たといふ人は沢山あります。僕は何も知らないでパンツ一つで、便所に居ましたが、急に頭上に一撃を加へられそれと同時に、眼の前は暗闇と化しました。がものの二三分するとあたりの破壊されてゐる光景が見えて来ました。家は柱と天井と床を残してあとは滅茶目茶になつてゐました。僕は身支度を整へ、隣家から煙が見えだした頃外へ逃出しました。見渡すかぎり家屋は倒壊してゐました。泉邸の川岸へ逃避すると向岸が燃えて居ました。はじめは小型爆弾の破片でも我が家へ落ちたのかと思つてゐましたが、ここへ来て見るとだんだん様子が違つてゐるのに気づきました。それに火傷した人の顔を見てびつくりしました。顔が黒焦になつてふくれ上つた人間が、男も女もあつたものではない姿でのそのそ歩いてゐました。その晩広島の街は燃えつづ
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