気にはなれず、飢ゑと寒さにふるへながら暮して居ります。一そこの地を離れて何処かもつと住みよい処へ移りたいのですが、汽車は当分駄目だといふことだし、そんなことをきかされるとひどく気が滅入つてなりません。東京の近くで月三百円位でおいてくれる所はないでせうか。参考までに東京の下宿料がわかつたらお知らせ下さい。この間原製作所の解散式がありましたが商人達の云ふことには、今後は百姓になるかそれとも闇屋になるかしなくては、暮しては行けないと申しますが、誰も彼も闇屋になつたのではどうなるのでせうか。こちらで今をときめいて居るのは闇屋ですが「大きな商売をして居ります。なにしろ月三千円生活費がかかりますしね」などうそぶいて居ります。己斐駅と広島駅の前には闇市が賑はひ、僕も時に見物に行きます。蜜柑が自由販売でいくらでも買へるので、僕はすつかり蜜柑党になつてしまひました。
生活も押つめられるので、今のうち就職でもして暮らさうかと思つたりそれとも一年間位はこの地を離れたところで、英気を養つておきたいとも思ふのですが、なかなか目鼻がつかず今年も虚しく八幡村で終るかと思ふと佗しいことです。ヴアレリーのスタンダールを読返してみて、さうだつた、もつと元気を出さうと云ふ気持にされました。
御自愛を祈ります。よき年を迎へ給へ。
[#地から3字上げ]十二月二十八日 原民喜
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永井善次郎様
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●昭和二十一年二月五日 八幡村より 東京都杉並区阿佐谷六ノ九三 永井善次郎宛
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御手紙有難う。御無沙汰してゐましたが先日本郷へ行つたので、あなたのことも承知してをりました。会へなかつたのは残念でした。先日は近代文学を昨日は文学時標をたしかに拝受致しました。久しぶりに雑誌らしいものを読めたので何だか昂奮しました。もつともその前に展望一月号は読んでゐましたが近代文学の方が同人雑誌としての親しみや張りがあり頼もしく思ひました。あなたの小説は今後あれをどういふ風に切りひらいて行くか、かなり神経をなやまし苦吟を要するのではないかと予想されました。どうか頑張つて完成させて下さい。光太の詩は韻律といふか言葉の発展といふかさういふ点で僕には驚異です。作家案内はなかなか気のきいた企劃だと思います。継続して百人位
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