書簡
家族・親族宛
原民喜

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蛇体《じやたい》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「血+卜」、256−3]れし
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●昭和十一年四月三十日 千葉市登戸より 村岡敏(末弟・当時明治大学ホッケー部に在籍し、ベルリンオリンピックに代表として派遣された)宛
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今朝早くから女房が起すのである それから一日中オリンピツクのことを云つて女房は浮かれ たうたう我慢が出来ないと云ふので速達を出すといふのである 大変芽出度いこととワシも思ふのである この上は身躰に注意し晴れの榮冠を擔つてかへつて來い 原家一同それを望んでやまないのである
[#地から3字上げ]杞
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四月丗日
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 村岡敏君万才



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●昭和十一年六月三十日 千葉市登戸より ベルリン在 村岡敏宛
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拜啓 シベリア鉄道は長い長い蛇体《じやたい》でしたか 日本では「忘れちやいやよ」といふレコードが發賣禁止になり 男お定が出沒して居ります 千葉は梅雨で眼の赤い氣球がゆらゆら搖れて居ります 柳町の叔父さんはこの間下関まで君を見送り帰りに秋吉の鐘乳洞を見物したさうです 善次郎君はこの夏は北海道旅行をする由です 北海道もビイルはうまいといふ話だがドイツのビイルはどんなにかうまいことかと想像します ドイツで飲むからうまいらしい さて代表軍の元氣は盛ですか この間東京出發の際は少し痩れて居たやうだが 長の旅路のこと故 勢と自愛が肝要ですぞ デエトリツヒのやうな女どもが右往左往して居る伯林 ナチスのナスビ鬚 それから柳町ではまた遠からず芽出度いことがあるさうです 草々
[#地付き]杞憂
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六月丗日
[#ここで字下げ終わり]
村岡敏君
追伸 千葉の小犬は大分娘らしくなりました 今年の暮頃には子を産むかもしれないといふ噂です



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●昭和十一年七月十五日 千葉市登戸より ベルリン在 村岡敏宛
[#ここで字下げ終わり]
拜啓 先日
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