ぼんやりと魔の影につつまれて回転していた。それは妻を喪う前から、彼の外をとりまいて続いている暗いもの悲しい、破滅の予感にちがいなかった。今も電車のなかには、どす黒い服装の人々で一杯だった。ホームの人混みのなかには、遺骨の白い包みをもった人がチラついていた。久し振りに映画会社に行くと、彼は演出課のルームの片隅にぼんやり腰を下ろした。間もなく、試写が始って、彼も人々について試写室の方へ入った。と、魔の影はフィルムのなかに溶け込んで、彼の眼の前を流れて行った。大陸の暗い炭坑のなかで犇《ひし》めいている人の顔や、熱帯の眩《まぶ》しい白い雲が、騒然と音響をともないながら挽歌《ばんか》のように流れて行った。映画会社の階段を降りて、道路の方へ出ると、一瞬、彼のまわりは、しーんと静まっていた。秋の青空が街の上につづいていた。ふと、その青空から現れて来たように、向うの鋪道《ほどう》に友人が立っていた。先日、彼の家に駈《か》けつけてくれた、その友人は、一|瞥《べつ》で彼のなかのすべてを見てとったようだった。そして、彼もその友人に見てとられている自分が、まるで精魂の尽きた影のように思えた。
「おい、なんだ、
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