死のなかの風景
原民喜

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)仏壇を抱《かか》えて

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一|瞥《べつ》で

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[♯地より2字上げ]
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 妻が息をひきとったとき、彼は時計を見て時刻をたしかめた。
 妻の母は、念仏を唱えながら、隣室から、小さな仏壇を抱《かか》えて来ると、妻の枕許《まくらもと》の床の間にそっと置いた。すると、何か風のようなものが彼の背後で揺れた。と、彼ははじめて悲しみがこみあげて来た。彼はこれまでに、父や母の死に遭遇していたので、人間の死がどのように取扱われるかは既によく知っていた。仏壇を見たとき、それがどっと彼の心にあふれた。それよりほかに扱われようはない死がそこにあった。苦しみの去った妻はなされるがままに床のなかに横《よこた》わっているのだ。その細い手はまだ冷えきってはいなかったが、はじめて彼はこの世に置き去りにされている自分に気づいた。今は彼もなされるがままに生きている気持だった。
「僕は茫《ぼう》としてしまっているから、
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