。郷里から妻の兄がその日の夕刻家に到着していた。そうした眼の前の一つ一つの出来事が、いつかまた妻と話しあえそうな気が、ぼんやりと彼のなかに宿りはじめた。
霊柩車が市営火葬場の入口で停ると、彼は植込みの径《みち》を歩いて行った。花をつけた百日紅《さるすべり》やカンナの紅が、てらてらした緑のなかに燃えていた。その街に久しく住み馴《な》れていたのだが、彼はこんな場所に火葬場があるのを今日まで知らなかったのだ。妻も恐らくここは知らなかったにちがいない。柩《ひつぎ》は竈《かまど》の方へあずけられて、彼は皆と一緒に小さな控室で時間を待っていた。何気なく雑談をかわしながら待っている間、彼はあの柩の真上にあたる青空が描かれた。妻の肉体は今最後の解体を遂げているのだろう。(わたしが、さきにあの世に行ったら、あなたも救ってあげる)いつだったか、そんなことを云った彼女の顔つきが憶《おも》いだされた。それは冗談らしかったが、ひどく真顔のようでもあった。……しばらく待っているうちに火葬はすっかり終っていた。竈のところへ行ってみると焦げた木片や藁灰《わらばい》が白い骨と入混っていた。義母はしげしげとそれを眺めな
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