かを静かにゆさぶり、慰め、あやしているような調子だった。彼は眼をあげて、高いところを見ようとした。眼の少し前には、ひょろひょろの樹木が一本、その後には寺の外にある二階建の屋根が、それらはすべてありふれた手ごたえのない眺めだった。が、陽の光ばかりは遙《はる》かに清冽なものを湛《たた》えていた。
埋葬に列《つら》なった人々は、それから兄の家に引かえして座敷に集った。「波状攻撃……」と誰かが沖繩の空襲のことを話していた。その酒席に暫く坐っているうちに、彼はふと居耐《いたたま》らなくなった。何かわからないが怒りに似たものが身に突立ってきた。彼はひとり二階に引籠《ひきこも》ってしまった。葬儀の翌日から雨が降りだした。彼は二階の雨戸を一枚あけたまま薄暗い部屋で、昼間から寝床の上でうつうつと考え耽《ふけ》った。その部屋は彼が中学生の頃の勉強部屋だったし、彼が結婚式をあげてはじめて妻を迎えたのも、その部屋だった。ほのぼのとした生の感覚や、少年の日の夢想が、まだその部屋には残っているような心地《ここち》もした。だが彼は悶絶《もんぜつ》するばかりに身を硬《こわ》ばらせて考えつづけた。彼にとって、一つの生
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