だった。人間の想像力で描き得る破滅の図というものは、いくぶん図案的なものかもしれない。やがて来る破滅の日の図案も、もう何処《どこ》かの空間に静かに潜められているのだろうか。
 暫《しばら》く滞在していた義姉が神戸の家に帰ることになった。義姉の家には挺身隊《ていしんたい》の無理から肺を犯されて寝ている娘がいた。その姪《めい》のために彼は妻のかたみの着物を譲ることにした。箪笥《たんす》から取出した衣裳《いしょう》を義母と義姉はつぎつぎと畳の上にくりひろげて眺めた。妻はもっている着物を大切にして、ごく少ししか普段着ていなかったので、殆《ほとん》どがまだ新しかった。義母は愛着のこもった手つきで、見憶《みおぼ》えのある着物の裾をひるがえして眺めている。彼には妻の母親が悲歎《ひたん》のなかにも静かな諦感をもって、娘の死を素直に受けとめている姿が羨《うらやま》しかった。ある日こういうことになる日が訪れて来たのか、と彼は着物の賑《にぎ》やかな色彩を眺めながら、ぼんやり考えた。
 広島までの切符が手に入ったので、彼は骨壺を持って郷里の兄の家に行くことにした。夕方家を出て電車に乗ると、電車はぎっしり満員だ
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