荒稼ぎした連中のことを彼は自分のことのやうに熱狂して話しだす。間抜け声の医者はねつとりと落着払つて「さうしたものですかなあ」と感心してゐる。そのうちに話はきつと戦争のことになる。すると彼等の間にはもう今にもすぐ世界戦争が始まりさうなことになつてゐるのだ。「さうしたものですかなあ」と揉み医者はいつまでも坐り込んでゐる。
 どうしても、絶えず、あの部屋には騒擾がなくてはならないのだらう。男が留守の時は、小柄な細君がひとりで何かぶつぶつ呟いてゐる。「ああ、米が欲しい、米が。いつになつたら米の心配しないで暮せる世の中になるのやら」と嘆息のやうに喚いてゐることもある。僕はある朝その細君が男にむかつて、「それでもあなたは元気になつたわね」と囁いてゐるのを聞いて吃驚した。あの二人もこの地上から追詰められて、今、六枚の畳の上で佗しく寄り添つてゐるのだが、ほんとに寄り添つてゐるのだらうか、そのことさへ、もう気づかないし、はつきりはしてゐないに違ひない。
 三度、三度の外食食堂では玉蜀黍の団子がつきものなのだが、あの日まはりの花のやうに真黄な団子は嚥下するのに困難であつても、とにかく空腹感を満たしてくれる
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