災厄の日
原民喜
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【テキスト中に現れる記号について】
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(例)部屋[#「部屋」に傍点]
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自分の部屋でもないその部屋を自分の部屋のやうに、古びた襖や朽ちかかつた柱や雨漏のあとをとどめた壁を、自分の心の内部か何かのやうに安らかな気持で僕は眺めてゐる。湿気と樹木の多い日蔭の露路にこの下宿屋の玄関はあつて、暗い階段をのぼつた突当りの六畳が僕の部屋なのだが、焼け残つたこの一角だけは今、焼跡に発生してゐるギラギラの世界に対して、静かに身を躱してゐるやうだ。
窓の外の建物の向ふにギラギラ燃えてゐた太陽が没して、この部屋の裸電球が古びた襖や柱を照らす頃、僕は漸く人心地がついたやうに古畳の上に横はつたまま、自分の部屋でもないその部屋を自分の部屋か何かのやうに眺めまはしてゐるのだ。これは僕が学生の頃下宿してゐた六畳の部屋に似てゐて、何となしに、この世のはてのやうな孤独の澱みが感じられる。僕は久振りに昔の古巣に戻つたやうな親しみをおぼへる。(古巣へ? ほんたうに僕が戻つて行かれたら!)僕はいま晩年のことを考へてゐるのだ。せめて僕の晩
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