来る若い青年や、その媒介所の親爺までやつて来るやうになつた。それから債権者らしい男も頻繁に苛立たしくやつて来る。僕はこの部屋の先住者にどんな複雑な事情があるにしろ、なるべく早く立退いてもらひたいと思ふ心で一杯だつた。
 と、ある朝早くから扉を叩く音で僕は起された。女はこの前と同じやうにリユツクを背負つて意気込んでゐた。僕は何時頃ほんとにこの部屋を開けてもらへるのか、そのことをすぐに訊ねた。と意外な障害物と遭遇したやうに、ぴしりとしたものが閃き、それから急に女はひどく萎れた顔つきになつてゐた。
「私の方にもいろいろ都合がありますので、……それに実はお米のことで二千円ぺてんにかかつたところなのです。闇屋にお金渡したのに約束の米はくれなかつたので……相手が悪かつたので」
 そんなことを憂はしげに呟いてゐたが、軈てリユツクの紐を解きだした。白米は新聞紙に展げられ、両手で荒々しく掻き廻されてゐた。
「食ふか、食はれるか」何か凄惨な姿で女はひとり呟いてゐた。
 僕は殆ど毎晩すぐ隣室で泣き叫ぶ子供のために眠れない。親はまるでその子をいびり殺さうとしてゐるのだらうか、――撲りつける手の音がピシピシと僕
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