そんなことを呟きながらゲラゲラ笑ひ、升で測つては風呂敷に移した。軈て風呂敷包を一つ抱へてふいと外へ出て行つた。暫くすると、女はすぐに部屋に戻つて来た。続いて、背の高いマーケツト者らしい男がのそつと部屋に上つて来る。男は部屋にゐる僕の存在を無視し、立つたまま畳の上の白米を蔑んだ眼つきで見下してゐたが、やがて黙つて出て行つた。それからも、女は絶えずそはそはしながら部屋を出入しながら昼すぎまでゐたやうだが、何時の間にか姿を消してゐた。
 日が暮れると毎晩停電なので、アパートは真暗になるが、僕は蝋燭を点ける気もしないので、真暗な部屋に蹲つた儘ぼんやりしてゐた。誰かが僕の部屋の扉をノツクして、濁み声で「杉本さん」と叫ぶ。
「杉本さんはゐませんよ」僕は扉の外からさう応へたが、相手はなかなか去らなかつた。扉をあけて僕は用向を訊ねてみた。
「困つたな、杉本さんゐないのですか。自転車を一つあづかつておいてもらひたいのですがねえ」
「自転車を? この部屋へ」僕はただ驚くだけであつた。やがて相手は黙々と帰つて行つた。
 殆ど毎日いろんな不可解な人物が杉本を訪ねて来た。結婚媒介所で教へてもらつたといつてやつて
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