の方から管理人へ払ひます」女はもう僕がここを借りることにしているやうだつた。
その夕方、土地会社の男が僕を訪ねて来て、僕の返事を求めた。僕はまだ何とも決心がつかなかつた。するとまた翌朝、土地会社の男はやつて来た。何しろ相手は急いでゐるのだから手金だけでも今日中に渡してやつてくれ、でなければ話を他へ持つて行くと急かしだした。たうとう僕はその申込を承諾した。彼が帰つて行くのと入れ違ひにアパートの女が金を受取りに来た。女は金を受取ると、それでは早速今日のうちに荷物を少し運んで頂きたいと云ひだした。僕はいま荷物を向ふへ運んでみたところで、まだどうにもならないだらうと思つた。あまり気はすすまなかつたが、とにかく行李を一箇だけその部屋に運んで行つた。……その部屋の片隅に僕の行李が置かれると、僕といふ存在はひどく中途半ぱな気持にされてしまつた。だが、こんな風な困難な状態も焼け出されの僕にとつては止むを得ないことかのやうにおもへた。
翌日は残金を渡して、一応とにかく部屋を開渡してもらふ約束だつた。僕が約束の時刻に訪ねて行くと、部屋はいろんな荷物でごつた返してゐた。
「ああ、くたびれた」と女は大きな
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