してゐる際ではなかつた。僕は早速外出した。出版社に立寄つて、前から申込んである前借の金を頼んだ。金はその時、都合よく融通してもらへた。一万円の包みを受取ると、僕はとにかくめさきが少し明るくなつた。それから、その足で土地会社へ立寄つた。もの馴れ顔のブローカーは僕の来るのを待つてゐたかのやうな顔つきだつた。
「まだ少し不審があるのですが、あんな風な条件で約束しても、ほんとに相手は他へ移る的があるものかどうか」
「さあ、それはあの人も子供まである婦人ですし、まさか大それたことはしないでせう。何でも借金の期限に追はれてゐるやうで、話は急いでゐるやうです。誰でもいいから約束する人を見つけてくれと今朝もやつて来ました」ブローカーは慎重さうな顔つきで更につけ加へた。「とにかく、相手の身元をはつきり確かめておきなさい。米穀通帳なり金融通帳なり見せて貰つて控へておけば大丈夫でせう」
 僕はまだ割り切れないものがあつたが、その足でアパートの部屋を訪れた。入口に立つたとき昨日と変つて、部屋は稍※[#二の字点、1−2−22]すつきりした(少くともそう感じようとする気持が僕にあつたのかもしれない)感じだつた。部
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