の薄暗い芥箱のやうなアパートの建物を抜けて外に出ると、あたりは陰気な雨の巷であつたが、それでも外の光線や空気がすつと爽やかに感じられた。
 返事を少し待つてもらふことにしたが、僕は怯気づいてゐる気持を強ひて鞭打たなければならなかつた。どんな陰惨な建物だらうが、暗い環境だらうが、とにかく自分の部屋として、いくらかの空間が与へられれば、それでいいではないか。さうすれば、その部屋[#「部屋」に傍点]の中に何ものにも侵されない僕の部屋[#「部屋」に傍点]を持つことができるのだ。だが、やはり最初あの部屋の入口に佇んだ時の、あのもぢやもぢやとした濁つた気味のわるいものが、どうにもならなかつた。僕はどう決めていいのか思ひ惑つてゐた。……朝がた僕は奇怪な夢をみた。アパートの部屋のあのもぢやもぢやとした真黒い塊りが一瞬、電撃のやうに僕の頭のなかに再現したかとおもふと、「あれは、泥棒の巣だ」と、はつきりした声が聴きとれた。僕は妙に胸苦しく脅えた感覚に突落されてゐた。
 朝の外食を済ませて部屋に戻ると、甥から電報が来てゐた。
〈アサツテカヘル〉
 僕には殺気立つた甥の顔が目に見えてくるやうだつた。もはや躊躇
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