友人のところへ行つてゐます必ず立退いて下さい 以上〉
 圧力はやはり僕をここから弾き出さうとしてゐるのだ。これは僕にとつて、単なる甥の拒否ではなかつた。……翌日は嵐にでもなりさうな、奇妙にねつとりした、だらだら雨の日だつた。僕が土地会社を訪れると、係の人はゐた。そのブローカーらしい男は、すぐに貸間の条件についてごたごた話しだした。それから、とにかく一度ごらんになつては、と僕にすすめた。そこの小僧に案内してもらふことになつた。僕と一緒に外へ出た小僧は傘もささないで雨のなかをすたすた歩いて行つた。彼は僕を甥の下宿のある露路の方へ連れて行く。が、その一つ手前の角まで来ると、横へ曲つて助産婦の看板の出てゐるところまで来た。そこがアパートだつたのだ。僕はその時までそこにアパートがあるとは気がつかなかつた。だが、それは僕の迂濶さばかりからではない、その古びた木造二階建の家屋は殆ど芥箱か何かのやうに引込んだところに目だたなく存在してゐたのだから。僕たちは大きな薄暗い芥箱のなかに這入つて行つた。朽ちかかつた木の階段にはところどころ穴があいてゐて、短い階段をのぼると、低い天井に薄暗い電燈が一つ佗しげに灯
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