つてゐる。そこから一米幅の廊下の筈なのだが、薪やらバケツが通路一杯塞いでゐた。障害物を避けながら二三歩進むと、すぐ目の前の扉が開放しになつてゐる部屋の入口に小僧は立留まつた。が、つづいて僕がその入口に立つた時、何か気味悪い濁つた塊りがもぢやもぢやと暗いなかに蠢めいてゐる姿に僕は圧倒されさうだつた。小僧はその部屋に上つて行くと、何かひそひそと話してゐた。
「どうぞおはいり下さい」膝の上に女の児を抱へてゐる若い女が僕の方へ声をかけた。狭い汚れた畳の上には白米が一杯に新聞紙に展げてあつたが、僕が入つて来ると、真黒な腕をした痩せた老人が、それを両手で掻き集めて隅の方へ片づけた。壁に凭掛つて汚れたモンペ姿の老婆が二人、脚を投出してゐた。五人暮しかしら……僕はこの部屋の人員のことをぼんやり考へてゐた。
「お天気がわるくていけませんね。いい部屋ですよ、日もよくあたりますし……」若い女は落着払つて日常の会話を持ちかけて来た。僕はさつき土地会社の男から、その部屋の条件についていろいろきかされてはゐた。アパート管理人の諒解は後でうけることにして、最初は同居人の形でずるずる入り込むこと、(さうでもしなければ
前へ
次へ
全27ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング