いアスフアルトの道路へ出た。道路の上の空はピンと胸を張つて駅のガードの方へ一つの意志の如くつづいてゐる。ふらふらと僕はいつのまにか駅の前の雑沓を歩いてゐた。前から二三度僕の意識に浮んだことのある土地会社の方へ足は向いてゐた。袋路を入つて、その扉の前に僕は立つた。僕が扉を押して入ると、狭い土間に老婆が一人腰掛けてゐた。
「部屋ですか、この付近にあるのですよ、アパートの二階の四畳半ですが、今日も一人見に行かれて流場が少し暗いといつて断られましたが……」
「その流場には水道もあるのですか」僕は妙なことを訊ねたが老婆が頷いたので何か吻として、権利金のことを訊ねた。
「一万といふことですが、係の人が今留守ですから明日もう一度おいでになりませんか」
 一万円ときいて、僕はかねて勤先の出版屋へ交渉中の前借の金額を思つた。それは恰度、一万円であつた。それだけの金が借れると、それだけが僕にとつて使ふことのできる最後の金に違ひなかつた。
 部屋に戻つてみると、そこら中が甥の荷でごつた返しになつてゐたが、今、部屋には甥も友人もゐなかつた。机の上の紙片を見て僕ははつとした。
〈三日ほど待ちます 僕たちは三日間
前へ 次へ
全27ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング