苦しさがあるとき彼をぐったりさせていた。
「少し外へ出てみましょうか」
妻は夜更《よふけ》に彼を外に誘った。一歩家の外に出ると、白い埃《ほこり》をかむったトタン屋根の四五軒の平屋が、その屋根の上に乾《かわ》ききった星空があった。家並が杜切《とぎ》れたところから、海岸へ降りる路が白く茫と浮んでいる。伸びきった空地の叢《くさむら》と白っぽい埃の路は星明りに悶《もだ》え魘《うな》されているようだった。
その茫とした白っぽい路は古い悲しい昔から存在していて、何処《どこ》までも続いているのだろうか。その路の隈々には人間の白っぽい骨が陰々と横わっている。歪《ゆが》んだ掟《おきて》や陥穽《かんせい》のために、磔刑《たっけい》や打首にされた無数の怨恨《えんこん》が今も濛々《もうもう》と煙っている。無辜《むこ》の民を虐殺して、その上に築かれてゆく血まみれの世界が……その世界のはてに今この白い路が横わっているのだろうか。
その年の春、その土地へ移る前のことだが、彼は妻と一緒に特高課に検挙された。三十時間あまりの留置ですぐ釈放はされたが、その時受けた印象は彼の神経の核心に灼《や》きつけられていた。得態
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