まま》、ぼんやりと向側の軒の方の空を眺《なが》めていた。それは衰えてゆく外の光線に、あたかも彼女自身の体温器をあてがっているような、祈りに似たものがある。ほんの些細《ささい》な刺戟《しげき》も彼女の容態に響くのだが、そうしていま彼女のいる地上はあまりにも無惨に罅割《ひびわ》れているのだったが、それらを凝《じっ》と耐え忍んでゆくことが彼女の日課であった。
「外へ椅子を持出して休むといいよ」
彼は窓から声をかけてみた。だが、妻は彼の云う意味が判《わか》らないらしく、何とも応《こた》えなかった。その窓際《まどぎわ》を離れると、板壁に立掛けてあるデッキ・チェアーを地面に組み立てて、その上に彼は背を横《よこた》えた。そこからもさきほどの、あの梢の光線は眺められた。首筋にあたるチェアーの感触は固かったが、彼はまるで一日の静かな療養をはたした病人のように、深々と身を埋めていた。
それに横わると、殆《ほとん》どすべての抵抗がとれて、肉体の疵《きず》も魂の疼《うずき》も自《おのずか》ら少しずつ医《いや》されてゆく椅子――そのような椅子を彼は夢想するのだった。その純白なサナトリウムは※[#「さんずい+
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