く。ぐったりとした四肢《しし》の疲れのように田舎路は仄暗《ほのぐら》くなってゆくのだが、ふと眼を藁葺屋根《わらぶきやね》の上にやると、大きな榎《えのき》の梢が一ところ真昼のように明るい光線を湛《たた》えている。それは恐怖と憧憬《どうけい》のおののきに燃えてゆくようだ。いつのまにか妻は女学生の頃の感覚に喚《よ》び戻されている。苦しげな呻《うめ》き声《ごえ》から喚び起されて妻が語った夢は、彼には途轍《とてつ》もなく美しいもののようにおもえた。その夢の極致が今むこうの空に現れている……。彼にとっては一度妻の脳裏を掠《かす》めたイメージは絶えず何処《どこ》かの空間に実在しているようにおもえた。と同時にそれは彼自身の広漠《こうばく》として心をそそる遠い過去の生前の記憶とも重なり合っていた。あの何か鏡のようにひっそりとした空で美しく燃え狂っている光の帯は、もしかするとあの頂点の方に総《すべ》てはあって、それを見上げている彼自身は儚《はかな》い影ではなかろうか。……これを見せてやろう、ふと彼は妻の姿を求めて、露次の外の窓から家のなかを覗《のぞ》き込んだ。妻は縁側の静臥椅子《せいがいす》に横臥した儘《
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