り、つづいてそれは空襲警報に移っていた。正三は蚊帳《かや》の外に匐《は》い出すと、ゲートルを捲《ま》いた。それから雑嚢《ざつのう》と水筒を肩に交錯させると、その上をバンドで締めた。玄関で靴を探《さが》し、最後に手袋を嵌《は》めた時、サイレンが警戒警報を放った。彼はとっとと表へ飛び出すと、清二の家の方へ急いだ。暗闇《くらやみ》のなかを固い靴底に抵抗するアスファルトがあった。正三はぴんと立ってうまく歩いている己の脚を意識した。清二の家の門は開け放たれていた。玄関の戸をいくら叩《たた》いても何の手ごたえもない。既に逃げ去った後らしかった。正三はあたふたと堤の路《みち》を突きって栄橋の方へ進んだ。橋の近くまで来た時、サイレンは空襲を唸《うな》りだすのであった。
 夢中で橋を渡ると、饒津《にぎつ》公園裏の土手を廻り、いつの間にか彼は牛田《うした》方面へ向う堤まで来ていた。この頃、漸く正三は彼のすぐ周囲をぞろぞろと犇《ひしめ》いている人の群に気づいていた。それは老若男女、あらゆる市民の必死のいでたちであった。鍋釜《なべかま》を満載したリヤカーや、老母を載せた乳母車《うばぐるま》が、雑沓《ざっとう》
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