壊滅の序曲
原民喜

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)風情《ふぜい》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)本川|饅頭《まんじゅう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から2字上げ]
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 朝から粉雪が降っていた。その街に泊った旅人は何となしに粉雪の風情《ふぜい》に誘われて、川の方へ歩いて行ってみた。本川橋は宿からすぐ近くにあった。本川橋という名も彼は久し振りに思い出したのである。むかし彼が中学生だった頃の記憶がまだそこに残っていそうだった、粉雪は彼の繊細な視覚を更に鋭くしていた。橋の中ほどに佇《たたず》んで、岸を見ていると、ふと、「本川|饅頭《まんじゅう》」という古びた看板があるのを見つけた。突然、彼は不思議なほど静かな昔の風景のなかに浸っているような錯覚を覚えた。が、つづいて、ぶるぶると戦慄《せんりつ》が湧《わ》くのをどうすることもできなかった。この粉雪につつまれた一瞬の静けさのなかに、最も痛ましい終末の日の姿が閃《ひらめ》いたのである。……彼はそのことを手紙に誌《しる》して、その街に棲《す
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