オは硫黄島《いおうじま》の急を告げていた。話はとかく戦争の見とおしになるのであった。清二はぽつんと懐疑的なことを口にしたし、正三ははっきり絶望的な言葉を吐いた。……夜間、警報が出ると、清二は大概、事務所へ駈《か》けつけて来た。警報が出てから五分もたたない頃、表の呼鈴が烈《はげ》しく鳴る。寝呆《ねぼ》け顔《がお》の正三が露次の方から、内側の扉を開けると、表には若い女が二人佇んでいる。監視当番の女工員であった。「今晩は」と一人が正三の方へ声をかける。正三は直《じ》かに胸を衝《つ》かれ、襟《えり》を正さねばならぬ気持がするのであった。それから彼が事務室の闇《やみ》を手探りながら、ラジオに灯りを入れた頃、厚い防空頭巾《ぼうくうずきん》を被《かぶ》った清二がそわそわやって来る。「誰かいるのか」と清二は灯の方へ声をかけ、椅子に腰を下ろすのだが、すぐにまた立上って工場の方を見て廻った。そうして、警報が出た翌朝も、清二は早くから自転車で出勤した。奥の二階でひとり朝寝をしている正三のところへ、「いつまで寝ているのだ」と警告しに来るのも彼であった。
今も正三はこの兄の忙しげな容子にいつもの警告を感じるの
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