閉じてしまった。
 それはさきほどの「何とかせよ」という語気のつづきのようにも正三にはおもえた。長兄のところへ舞戻って来てからもう一カ月以上になるのに、彼は何の職に就《つ》くでもなし、ただ朝寝と夜更《よふか》しをつづけていた。
 彼にくらべると、この次兄は毎日を規律と緊張のうちに送っているのであった。製作所が退《ひ》けてからも遅くまで、事務所の方に灯がついていることがある。そこの露次を通りかかった正三が事務室の方へ立寄ってみると、清二はひとり机に凭《よ》って、せっせと書きものをしていた。工員に渡す月給袋の捺印《なついん》とか、動員署へ提出する書類とか、そういう事務的な仕事に満足していることは、彼が書く特徴ある筆蹟《ひっせき》にも窺《うかが》われた。判で押したような型に嵌《はま》った綺麗な文字で、いろんな掲示が事務室の壁に張りつけてある。……正三がぼんやりその文字に見とれていると、清二はくるりと廻転椅子を消えのこった煉炭ストーブの方へ向けながら、「タバコやろうか」と、机の抽匣《ひきだし》から古びた鵬翼《ほうよく》の袋を取出し、それから棚《たな》の上のラジオにスイッチを入れるのだった。ラジ
前へ 次へ
全66ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング