岩手県の方に疎開している友からもよく便《たよ》りがあった。「元気でいて下さい。細心にやって下さい」そういう短い言葉の端にも正三は、ひたすら終戦の日を祈っているものの気持を感じた。だが、その新しい日まで己《おれ》は生きのびるだろうか。……
片山のところに召集令状がやって来た。精悍《せいかん》な彼は、いつものように冗談をいいながら、てきぱきと事務の後始末をして行くのであった。
「これまで点呼を受けたことはあるのですか」と正三は彼に訊《たず》ねた。
「それも今年はじめてある筈だったのですが、……いきなりこれでさあ。何しろ、千年に一度あるかないかの大いくさですよ」と片山は笑った。
長い間、病気のため姿を現さなかった三津井老人が事務室の片隅《かたすみ》から、憂わしげに彼|等《ら》の様子を眺《なが》めていたが、このとき静かに片山の側《そば》に近寄ると、
「兵隊になられたら、馬鹿になりなさいよ、ものを考えてはいけませんよ」と、息子《むすこ》に云いきかすように云いだした。
……この三津井老人は正三の父の時代から店にいた人で、子供のとき正三は一度学校で気分が悪くなり、この人に迎えに来てもらった記
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