破壊の跡が遠方まで展望されるのは、印象派の絵のようであった。これはこれで趣もある、と正三は強いてそんな感想を抱《いだ》こうとした。すると、ある日、その印象派の絵の中に真白な鴎《かもめ》が無数に動いていた。勤労奉仕の女学生たちであった。彼女たちはピカピカと光る破片の上におりたち、白い上衣《うわぎ》に明るい陽光を浴びながら、てんでに弁当を披《ひら》いているのであった。……古本屋へ立寄ってみても、書籍の変動が著しく、狼狽《ろうばい》と無秩序がここにも窺《うかが》われた。「何か天文学の本はありませんか」そんなことを尋ねている青年の声がふと彼の耳に残った。
 ……電気休みの日、彼は妻の墓を訪れ、その序《つい》でに饒津《にぎつ》公園の方を歩いてみた。以前この辺は花見遊山《はなみゆさん》の人出で賑《にぎ》わったものだが、そうおもいながら、ひっそりとした木蔭《こかげ》を見やると、老婆と小さな娘がひそひそと弁当をひろげていた。桃の花が満開で、柳の緑は燃えていた。だが、正三にはどうも、まともに季節の感覚が映って来なかった。何かがずれさがって、恐しく調子を狂わしている。――そんな感想を彼は友人に書き送った。
前へ 次へ
全66ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング