入ると、街にはそろそろ嫩葉《わかば》も見えだしたが、壁土の土砂が風に煽《あお》られて、空気はひどくザラザラしていた。車馬の往来は絡繹《らくえき》とつづき、人間の生活が今はむき出しで晒《さら》されていた。
「あんなものまで運んでいる」と、清二は事務室の窓から外を眺めて笑った。大八車に雉子《きじ》の剥製《はくせい》が揺れながら見えた。「情ないものじゃないか。中国が悲惨だとか何とか云いながら、こちらだって中国のようになってしまったじゃないか」と、流転の相《すがた》に心を打たれてか、順一もつぶやいた。この長兄は、要心深く戦争の批判を避けるのであったが、硫黄島が陥落した時には、「東条なんか八つ裂きにしてもあきたらない」と漏《もら》した。だが、清二が工場疎開のことを急《せ》かすと、「被服支廠から真先に浮足立ったりしてどうなるのだ」と、あまり賛成しないのであった。
正三もゲートルを巻いて外出することが多くなった。銀行、県庁、市役所、交通公社、動員署――どこへ行っても簡単な使いであったし、帰りにはぶらぶらと巷《ちまた》を見て歩いた。……堀川町の通りがぐいと思いきり切開かれ、土蔵だけを残し、ギラギラと
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